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2012年3月25日 (日)

熊本城は凄いね

去年の暮れに行った熊本城の写真です。いつの間にやら3ヶ月近く経ってしまった( ̄▽ ̄)
あまり上手く撮れてなかったせいでモチベーションが上がらなかったりとか現像に時間が掛かったりとか(´ε`;)ウーン…

熊本城見物は1日では回りきれずに2日登城しました。1日目の午前中は曇ったうえに雪がチラついたり雨がパラついたり寒さに凍えたり散々でした。午後から多少晴れてきましたが。ゆっくり回りすぎたというか欲張りすぎたというか熊本城が大きかったからというか2日も費やしたせいで予定が大きく狂い島原の方に足を伸ばせなかったのが残念。
それでも晴れた熊本城を撮れたので良しとしておきましょうか。

熊本城概略をツラツラと。熊本城と言えば日本三名城の一つですね。築城の名手と云われた加藤清正公が築城した平山城です。城郭の歴史としては南北朝位まで遡れるそうで菊池氏が築いた隈本城が初めて文献に出てくるとの事。その後に出田氏が千葉城を千葉城町辺りに築き、鹿子木氏が隈本城を古城町辺りに築城と、少し場所を変えながら築城され豊臣秀吉の九州征伐に至ります。

九州征伐後、佐々成政が隈本城に入城したが肥後の統治に失敗し切腹。加藤清正が肥後半国を受領し隈本城に入り茶臼山丘陵上に築城を開始。慶長12年完成だそうです。2007年が築城400年記念だったそうで夏に行った松江城と同じ年に完成ですね。

Ohanabatake 旧花畑脇から。右から本丸御殿、一の天守、飯田丸五階櫓です。そして下部ちょい左に清正公像。この方向からの天守には唐破風が最上階で主張してます。
お花畑は加藤氏が改易された後に入部した細川氏が掘りでもある坪井川の外に建てた屋敷で代々住んだそうな。

Seishoukou有名な長烏帽子形(ながえぼしなり)兜の清正公像アップ。肥後人に神のように敬されたそうな。

Kumamotojou_nawabari 恒例(?)の看板撮影の縄張り図。古い縄張りの看板はなかったから現在の熊本城です。縄張りは階郭式。城郭の規模はこの絵だけには収まらないほど大きいです。

路面電車の駅から近いので1日目は須戸口門、2日目は櫨方門から入城しました。石垣コース櫓群コースと両方通りましたが楽しみの多いお城ですね。車やツアーのバスで来る人達は二の丸の駐車場から西出丸、頬当御門、本丸へと登っちゃうのかな。

竹の丸 Dsc_0069現存の長塀です。雰囲気がありますね。元は狭間 (さま)があったそうですが修復を重ねてるうちに失われたとか。

Dsc_0070

Dsc_0074竹の丸東にある須戸口門跡と外観復元の平御櫓。食い違い虎口です。初っ端から反りのある打込み接の清正流の高石垣が素晴らしいですね。反りのある美しい石垣を堪能するのは丸亀城以来かもしれない。

Takenomaru_hazekatamon

Ishigaki 竹の丸西の櫨方門跡の虎口。

Dsc_0365 櫨方門を抜けると高い25m2段の石垣の上に飯田丸五階櫓がそびえておりますよ。下段には要人櫓が建っていたそうな。

Dsc_0363 竹の丸から見た一の天守。右側に飯田丸へ向かう石垣コースの入り口で往時は元札櫓門があったそうな。

Dsc_0106

Dsc_0107 飯田丸に登るまでに6回カクカクと曲がることになります。下写真の右は西竹の丸五階櫓跡の石垣です。

東竹之丸方面Dsc_0368 櫓群コースは現存で重要文化財の平櫓、多門櫓が続きます。見ごたえ十分!。
左から田子櫓、七間間櫓、十四間櫓です。

Dsc_0373上の写真に続いて十四間櫓、四間櫓、奥は源之新櫓。高石垣上に続く櫓群。○間は長さですね。

Dsc_0376

Dsc_0377 源之新櫓。源之新さんが管理をしていたそうです。

Dsc_0378 振り返って手前から四間櫓、十四間・・しつこいですね(笑)。しかし良い眺めである。ここまでが櫓群の前半の部。

Dsc_0383

Dsc_0394

Dsc_0559 ここから東竹の丸です。本丸西側以外を囲む帯曲輪です。櫓群コース後半は東十八間櫓から。下の写真は城外から撮影です。

Dsc_0396 続いて右から北十八間櫓と五間櫓。

Dsc_0552

Dsc_0548石垣の下か見たほうが見栄えは良しですな。 右側は不開門

Dsc_0392熊本城現存唯一の櫓門である不開門(あかずのもん)です。随分小ぶりだと思ったらこの写真の奥側は欠損してしまったそうですよ。

Dsc_0547 行き忘れて後悔している平櫓です。下から撮った写真だけ(ノД`)シクシク

Dsc_0406 本丸に続く闇り通路への東側の入り口です。復元された本丸御殿ですね

Dsc_0414源之新櫓です。東竹の丸に登ると下から仰いでいた櫓群があります。現在の櫓群は瓦等が保管庫にもなっているとか。

Dsc_0415四間櫓と十四間櫓

Dsc_0420左から十四間櫓、七間櫓、田子櫓。櫓群が終わり。櫓群コースは二日目に行ったけど晴れてくれて嬉しかったな。本丸まで行くには遠回りだけど回る価値はありますよ。

飯田丸Dsc_0427

Dsc_0428石垣コースと櫓群コースは飯田丸で合流します。飯田丸には有名な二様の石垣があります。この石垣は本丸御殿下の石垣で作られた時代が違う石垣を解りやすく比べることが出来ます。右側の緩やかな角度の石垣は加藤氏時代に作られた石垣で、角が穴太積みだそうです。左側は細川氏時代に増築された部分で角が算木積みでより急角度な石積みが出来るようになったそうな。

Dsc_0431

飯田丸に木造復元された飯田丸五階櫓。三重五階で他の城なら天守でもおかしくない規模の建物ですな。熊本城には6基の五階櫓があったそうな。豪華なお城ですな。古城絵地図を見ると建物の密度に驚きます・・いや狂気さえ感じるような気がしますw。

Dsc_0130五階櫓内部。まだ新しいですね。中に入ったのは初日で雪も降りおそろしく寒い日でした。靴を脱がないといけないので凍える思い。この櫓はあまり人が来ないからか、待ち構えてたように城守のおじさんに捕まり話を沢山伺いました。そして足の感覚がなくなりかけたのも良い思いで(^ω^)。

Dsc_0441飯田丸から見た天守と御殿

数奇屋丸Dsc_0240 数奇屋丸二階御広間。能や茶会が行われていたそうな。数奇屋丸五階櫓がこの写真の右側にあったそうですよ。

平左衛門丸Dsc_0167 平左衛門丸から見た一の天守と二の天守。

Dsc_0453熊本城の目玉。宇土櫓(うとやぐら)にやっとたどり着きました。三層五階地下一階の望楼型で三の天守と呼ばれていたそうな。天守、小天守は鉄筋なのでアレですが宇土櫓は現存で重要文化財です。
櫓ですが現存では姫路城(31.5m)、松本城(25m)松江城(22.4m)、伊予松山城(20m)につづく高さの19.1メートルで鯱に廻縁と高欄まであるのよね。破風も反りがなく独特。伊予松山城天守の破風も直線的だったな。

Dsc_0465入り口は写真左の二階櫓から通路が傾いて見えるけど実際に傾斜があります。

Dsc_0467千鳥破風も入母屋破風と同じ位の大きさを載せてるのが天守と同じ意匠ですね。

Dsc_0478寄ってみた。平左衛門丸側からだと高さの割には石垣が低い分圧迫感は少ないかな。

本丸Dsc_0248耕作櫓門跡。この方面から本丸に入るには数奇屋耕作櫓門内を通って入るか、本丸御殿地下の闇り通路を通るかの2パターンだったそうな。空中を橋を渡るか地下を通るかって事ですね。

Dsc_0250現在は耕作櫓門は無いので闇り通路を通ります。前方に見えるのが闇り通路の入り口。唐破風があるので本丸御殿の入り口でもあるって事なのかな(?)。

Dsc_0252闇り御門です何かワクワクしますね(´∀`)。

Dsc_0255闇り通路内です。頭上は本丸御殿。突き当たりを左折すると本丸。右折すると月見櫓跡。右にずれて直進すると東竹之丸です。ダンジョンっぽい雰囲気が(・∀・)イイ!!

Dsc_0293本丸に入りました。復元された本丸御殿です。

Dsc_0275手前から梅之間、桜之間、桐之間、若松之間。加藤氏が住居の為に本丸御殿を建てたけど細川氏は花畑屋敷に住んだので接客に使われていたそうですな。

Dsc_0276新築でとても綺麗です。ここから数奇屋までの造りが織部流だとかゲヒヒヒヒ。

Dsc_0285昭君の間です。秀頼を迎える為に作られたとか。昭君は将軍の隠語とかなんとか

Dsc_0287天井もキラキラで御座います。安土桃山っすね。

Dsc_0492一の天守と二の天守。天守と小天守ですね。鉄筋の外観復元です。天守入り口は唐破風の付け櫓。小天守も唐破風の付け櫓があります。天守は望楼型で三層五階地下一階。小天守は二層三階地下一階。西南戦争前に失火で焼けてしまいました。残念ですね。

Dsc_0493闇り通路を東竹の丸に抜けた側から見た長局櫓。木造復元だそうな。

西出丸 Dsc_0620 冠木門の頬当御門。左上に宇土櫓の二重櫓。

Dsc_0321戌亥櫓(いぬいやぐら)。西出丸は熊本城内郭の西北方面に縦深をもたせる為の出丸です。深い空掘りも見物ですよ。

Dsc_0315加藤神社手前から。高石垣上にそびえる宇土櫓。よく見る構図ですねw実際に見られて嬉しかったです。

Dsc_0324なんて良い眺め。一二三の天守が並んで見えます。宇土櫓から二重櫓までの勾配もよく分かります。

Dsc_0330

Dsc_0334復元されて西大手門。二の丸へ抜けます。左の櫓は元太鼓櫓。

奉行丸 Dsc_0506南大手門です。西大手門のすぐ近くです。行幸坂方面へ抜けます。

Dsc_0341木造復元の未申櫓。奉行丸は西出丸と共に内郭の西を固めてます。奉行所があったそうです。

二の丸 Dsc_0512
二の丸から見た天守群。長塀は再建だそうだ。絵になるなぁ・・

Dsc_0517二の丸から見た戌亥櫓。この眺めも悪くない。

Dsc_0522二の丸櫓門跡

Dsc_0538百間石垣。高さ9メートル。長さ約184メートルだそうな。

Dsc_0541

Dsc_0542最後に現存の監物櫓。

( ´ー`)フゥー...やっと終わった。今回の旅からSDカードを容量の大きい物にしたから好きなだけ撮れるようになったけど写真の選択や現像にかなり時間がかかったのよね。大量に撮った割には失敗も多かったし。

それで熊本城は凄いですね。天下人が作った城を外せば日本一じゃないかってのも少し分かる気がします。江戸時代に維持し続けた細川家は大変だったのでは?なんて考えてしまいす。

遺構が沢山残ってるのも嬉しかったですし、復元も進んでるしで行く価値は充分でした。

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コメント

見ごたえたっぷりでした(笑

写真も綺麗で
説明もわかりやすかったし
ダンジョンっぽい雰囲気とかwink

また時間あるときに
ゆっくりと見にくるね(笑

のんちゃさんコメントありがとうございます。

その様に言って頂けると助かります(´∀`)
撮った枚数が多かったので、どの様に纏めるか悩んだけど
結局載せたい物は殆ど載せたらこうなりましたw

またゆっくりと見に来てくださいね( ^ω^ )

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