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2013年11月24日 (日)

観泉寺と豪徳寺の紅葉 2013

秋も深まる今日この頃、近場の紅葉スポットにブラッと行ってきました。
観泉寺と毎年この季節に行く豪徳寺です。観泉寺は初めてですが歴史的にも興味のあるお寺です。

■観泉寺

観泉寺は今川家の菩提寺です。今川家と言えば室町幕府を開いた足利家の一門ですね。鎌倉時代に足利氏三代目の足利義氏の長男である足利長氏(吉良長氏とも。忠臣蔵の吉良義央の先祖ですね)その次男が今川荘を貰った国氏から今川氏が始まりました。

その後、室町時代に駿河・遠江の守護になり戦国時代に戦国大名化しますが今川義元、今川氏真の代に有名な桶狭間の戦いで織田信長に敗北し義元と主だった家臣が討ち取られ弱体化します。氏真は建て直しを図るが松平氏(徳川)氏の独立、国人衆の離反等々
で更に衰亡。甲斐武田氏と徳川氏の侵攻を受け氏真は徳川氏に降伏して大名としての今川家は終わりました。

氏真は後北条氏を頼り駿河を奪回に計るが失敗し武田氏に命を狙われ徳川氏を頼ります。織田信長の前で得意の蹴鞠を披露した逸話は有名ですね。その後は徳川氏の庇護のもとで京都で過ごすが徳川家康の計らいで江戸に移り生涯を終えました。その子孫達は徳川幕府の高家として取り立てられました。

今川氏は多摩郡下井草に知行地を得、氏真のお墓を移し今川家代々のお墓も観泉寺にあります。現在はこの近辺は今川と地名がついてます。

勢いで今川氏の歴史を簡単に書いちゃいました。
自家の衰亡と共に滅亡を選ぶ大名も多いですが今川氏真は生き残る道を選びました。
当然、大名として復活も狙ってはいたでしょうが。京都や江戸で過ごした後半生は何を思っていたのでしょうかね。
和歌好きな氏真さんはこんな歌を残してます。

中々に 世をも人をも恨むまじ 時にあはぬを 身の科にして

意訳をすると

もう世の中も人も恨んでも仕方が無い。時代に合わない自分が罪なんだ。

こんな感じでしょうか。
後北条氏の所に居られなくなり徳川氏を頼る時に歌ったと云われてます。
ぐっと来る歌ですね。

そんな今川家の菩提寺の観泉寺です。紅葉が綺麗でしたよ。

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■豪徳寺

豪徳寺はこのブログで3度目ですね。今年も紅葉が綺麗でした。
豪徳寺は徳川家の家臣井伊家の菩提寺ですね。観泉寺の今川家と因縁があります。
遠江の国人だった井伊家は今川家の支配化にあり桶狭間の戦に従い当時の井伊家の当主の井伊直盛が戦死、その子に井伊直親が今川氏真に謀反の疑いで誅殺されております。

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最後に今川氏真の生涯をまとめた面白い動画があったので貼らせていただきます。
ご拝読ありがとうございましたm(_ _)m

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コメント

今年もきれいな紅葉写真が見れて幸せ。。

毎年おなじ場所でも
今年の色ってあるね
趣が違って見える気がする~
お天気や時間によっても違うんかな(笑

歴史はよくわからないけど
動画は面白かったですbleah


のんちゃさんコメントありがとう

確かに毎年違う色かもしれない
時間は確かにあるかもしれませんね。
太陽の位置で色が大分変わるよねw

自分の長々とした歴史の解説より
あの動画の方が解りやすいと思って貼りました
あの動画は面白いよね

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