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2014年5月11日 (日)

駿府城

駿府城に行ってきました。

坤櫓が復元が終わり今年の4月に一般公開されました。駿府城に行くなら復元された坤櫓を是非見たいと思っていたのでやっとこさの駿府城の登城です。

駿府は古くは国府が置かれた場所で駿河國の中心でした。
室町時代には今川氏が駿河國の守護に就き現在の駿府城の場所に今川館を建てたそうです。戦国時代になり永禄11年(1568年)武田氏の駿河侵攻により今川氏は滅亡。駿河は武田氏の支配下に入ります。
天正10年(1582年)織田・徳川に武田氏は破れ駿河は徳川氏の支配下に入り天正13年(1585年)に今川館の跡に近世城郭の駿府城を築城し本拠地を浜松から移しました。
豊臣秀吉の小田原征伐後に徳川は関東に移封、駿河いは中村一氏が入封しました。
関ヶ原の合戦後に天下を取った徳川は中村氏を伯耆米子に移封し駿府は徳川の支配地に戻りました。
内藤信也、徳川頼宣、徳川忠長と城主が変わり寛永9年(1932年)駿府は徳川幕府天領になり天領になり城代定番制で幕府直轄のお城になりました。

駿府は徳川家康公が人質として少年から青年まで今川氏の時代を過ごし、天下統一後に大御所として過ごした地でもありますね。

Sunnpu_nawabari 駿府城の縄張りです。今川館の跡地に建てたお城です。平城で分かりやすい輪郭式の縄張りですね。外濠は所どころ埋め立てられ中濠は、ほぼ残っており内側の二ノ丸は駿府城公園になっております。内濠は一部だけ掘り返されておりそのまま埋まっているそうです。掘ればそのまま出てくるとか・・内濠を掘り出してほしいですが現在は公園として憩いの場になってるので難しいでしょうね(;´Д`)。
だがしかし文化財ですので是非とも・・難しいところです。

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Dsc_0017 JR静岡駅から10分程歩くと外濠に着きます。高さはないけど奇麗な切込接ぎの石垣ですね。駿府城は石垣の積み替えも多く何時の時代の石垣か分からないですが。

Dsc_0022 大手門の枡形です。往時は櫓門と続櫓があったようです。後ろのビルは県庁です。

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Dsc_0024 立派な切込接ぎの石垣です。大手門の枡形周りは石垣は往時のままだとの話。

Dsc_0035 大手門枡形を通り県庁の横を通ると中濠にぶつかり、復元の巽櫓(たつみやぐら)が見えます。

Dsc_0061 巽櫓はくの字状の隅櫓で小田原城の隅櫓と同じですね。小田原城の隅櫓は平櫓ですがこちらの巽櫓は二重の櫓です。奇麗な木造の復元ですね。

Dsc_0089_3 東門(東御門)です。一の門は高麗門、二の門は櫓門で復元です。石垣を見ると上部は新しいですね。新しく積んだんでしょうね。

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Dsc_0399 立派な復元の高麗門。

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Dsc_0109 櫓門と続櫓。こちらも石垣は新品な感じです。外側に付ける窓の格子を始めて見たかもしれません。いや・・他でも見たかもしれない。どっちにせよあまり見ないような気がします。

Dsc_0397 二ノ丸から見た巽櫓です。くの字型がよく分かります。この形式は普通の隅櫓より場所を取らずに大型化が出来て防御が堅く出来る利点がありそうですね。

Dsc_0398 東門枡形の続櫓を二ノ丸側から。方形の石が積んであります。石垣上部を見ると新しい石ですね。昔からこの様な積み方だったのだろうか。気になります。

Dsc_0361 東門枡形の櫓門と続き櫓、巽櫓の中は見学できます(有料)。入り口は櫓門からです。

Dsc_0363 家康公が迎えてくれます。厭離穢土欣求浄土の文字がありますね。家康公の馬印の旗に書かれていた文字です。穢れた世を厭い離れ、欣(喜んで)浄土を求める。色々な意味に取れますが混迷した戦国時代に生まれた家康公らしい言葉だと思います。浄土宗の言葉ですね。

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Dsc_0368 駿府城の天守の模型です。色々な説がありますがその一つですね。実際どうだったかはタイムマシーンでもないと分からないでしょうね。

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Dsc_0372 城下を含めた模型もあります。見てて飽きません

Dsc_0126 謎の新築っぽい石垣。二ノ丸御門か中仕切門の石垣があった場所だろうけどなんですかね。

Dsc_0129 二ノ丸御門跡。二ノ丸大手門とも。石垣の角の部分が大手門の枡形だったそうですよ。

Dsc_0133 なぜか石垣の凹んだ部分に石を積んで二の丸御門のを埋めてしまったんですね。そして数十メートル東南側に石垣を壊して入口を作ってあります・・。この写真を見ると石垣が不揃いなのでよく分かりますね。

Dsc_0140 そして今回の目的の二重三階の坤櫓(ひつじさるやぐら)です!!。木造復元され今年の4月に一般公開されました。

Dsc_0158 床がガラス張りの部分もありこちらも構造を見る事が出来ます。

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Dsc_0240 様々な角度から。二重三階で一重目が高い事も出窓型石落しの形も名古屋城の東南隅櫓や西南隅櫓と似てますね。坤櫓は長押や軒唐破風が無く出窓が切り妻破風でスッキリした外見ですが。しかし一重目が高いと違和感がありますね。おそらく多聞櫓があると見え方が変わるってシックリするのかなぁと思ったり。

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Dsc_0248 中を見学する事が出来ます(有料)。新築の木の良い香りがします。天井を張ってない部分があり構造を見る事が出来ます。床板がガラスの所は床下も見る事が出来ますよ。

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Dsc_0396 掘り出した内濠です。陸軍の師団が置かれた時に内濠は埋められたそうです。

Dsc_0266 こちらも掘り出された内濠です。水路がつながっていて中濠まで繋がっているそうです。更に外濠まで水路があり外濠から川に繋がり海まで船でいけるとか。

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Dsc_0360 掘り出された水路です。中濠の御水門に繋がってます。水路が折れ曲がってるのは進入に対する備えですね。この水路は見物ですよ!。

Dsc_0254 白い所は元内濠があった場所だそうですよ。

Dsc_0255 本丸の天守があったでろう場所です。奇麗サッパリですね。石垣は再現したいとの話ですが復元は諸所の理由で無理だとか。奇麗サッパリで何も無いよりあったほうがいいのかな。

Dsc_0381 徳川家康公の像です。日本では狸だなんだと言われて評価がイマイチですが世界から見ると評価が高いとかそんな話を聞いた事があります。二百六十数年の天下泰平の江戸時代の礎を作った人ですからね。私は好きな戦国大名は誰かと聞かれると徳川家康公と答えますよ。漁夫の利や運だけでは天下は取れないと思いますよ。

Dsc_0394 家康公手植の蜜柑の木だそうです。現在でも実をつけるそうですよ。

遺構が復元されつつある駿府城。次は清水御門を復元するとの話しを伺いました。
復元されたらまた見に行こうかと思っております。

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