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2014年11月23日 (日)

岡山城

備中松山城に続きで岡山城です。
何度か通過したり乗り換えした岡山ですがようやく行く事が出来ました。

■概略
岡山城の始まりは南北朝の時代に名和氏の一族の上神太郎兵衛尉高直が石山(現在の西の丸辺り)に城塞を構えたそうです。その後、戦国時代に金光氏が居城とするが金光宗高が宇喜多直家に謀殺され宇喜多氏の支配地になりました。

宇喜多直家は石山に本丸を築き城下町を形成し街道を導き現在の岡山市の基礎を作ったそうです。 直家の子の秀家の時代に大改修が行われ岡山に本丸が置かれ岡山城は近世城郭へと生まれ変わるが、関ヶ原の合戦で西軍についた秀家は敗北し八丈島へ流され池田氏が岡山城に入り江戸時代を経て明治まで続いたそうです。
廃城令後に建物の取り壊しと濠の埋め立てが進められ昭和の初めには本丸を残すだけになっていたそうです。そして戦争による空襲で天守他が焼けて現在現存する櫓は西手櫓と月見櫓が残ります。

Okayamajou_nawabari_01 看板を撮影した岡山城の縄張り図です。北が下で南が上になってます。
宇喜多直家の時代は石山と西の丸辺りが本丸だったそうです。標高的には岡山より石山の方が高いとのこと。
宇喜多秀家の時代に旭川を背にした本丸、二の丸・西の丸、三の曲輪・三の外曲輪と囲む悌郭式の縄張りに改修されました。本丸は岡山城にあり平山城です。城の東側(画像の左側)が手薄になるため2km北方を蛇行していた旭川の流れを本丸に沿って流れを変えたそうです。手薄になるため流れを変えたというかこの縄張りにするために流れを変えたと言う方が正しい気がしますね。
関ヶ原の戦い後の小早川秀家の時代に更に突貫工事で拡張され二十日掘り(領民・武士が動員されたとかて二十日で完成したとか)が増設され三の外曲輪と南側に三の曲輪がが出来たそうです。
池田氏の時代に西の丸が築かれ旭川の対岸に曲輪とも言われる日本三庭園の一つ後楽園が造られ岡山城は完成となりました。
二十日掘跡は現在の岡山市街の中心的な道の柳川筋で広大な規模を誇ったお城ですね。

Okayamajou_nawabari_02 本丸の城絵図の看板もあったので写しました。青字は私の追加です。下の段、中の段、本段と高くなり3段で出来てます。中の段と本丸はビッシリと御殿で埋まってますね。

■二の丸・西の丸 Dsc_0007 路面電車を城下駅で下りて西手櫓を目指します。地図を見ながら進んだんだけど石垣は見が櫓らしい物が見えず迷ってうろうろしてしまいました。

Dsc_0008 細い道を進むと石垣上に西手櫓を発見!。石垣上は西の丸で高所になってますね。石山と西の丸辺りが宇喜多直家時代の古岡山城(石山城)でしたね。

Dsc_0011

Dsc_0012 直線状に進んでも西の丸に上がれないので周ります。ここにも石垣が残ってますね。一番上の縄張り図「岡山城郭配置図」の現在地がここです。北西櫓が石垣上にありました。下の写真の石垣の続きに櫓門の北門もあったそうです。

Dsc_0016 二の丸を回っていくと学校があります。今は学校ではないそうだけど校舎も校庭もあってとても入り難い中に西の丸西手櫓はありました。大丈夫なのは分かってましたが掃除のおばちゃんに入って写真を撮って大丈夫か確認してしましました(汗

Dsc_0023

Dsc_0019 現存で重要文化財での西の丸西手櫓です。人は誰も来ませんでした。分かり辛いですよね・・ここ。二重で逓減しない重箱櫓で御座います。

Dsc_0018 簡素な内装が多い櫓ですが内部には畳敷き床の間があるそうです。池田光政が隠居所に使用できるように改装されたとか。

Dsc_0028 旭川の土手上に来ました。対岸は後楽園です。

Dsc_0034

Dsc_0035 天守と月見櫓が見えます。ここからの眺めは良いですね。電柱が無ければ・・

Dsc_0036 石山の石垣です。正面に回ればもっとしっかり見られるんですが時間がありませんでした。

■本丸下の段 Dsc_0041

Dsc_0043

Dsc_0047

Dsc_0059 本丸下の段から見た本丸中の段に建つ隅櫓の月見櫓です。本丸中の段から見ると三重の層塔式で外から見ると二重の望楼型に見えるそうですが木が多すぎて見づらい。

Dsc_0056 月見櫓下は天守も目の前です。

Dsc_0044 月見櫓下の本丸下の段の帯曲輪を進むと内下馬門の方面に向かいます。

Dsc_0067

Dsc_0068 二の丸から見た本丸下の段と内濠です。往時は櫓や多聞櫓で守られてました。

Dsc_0069

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Dsc_0072 内下馬門の枡形です。往時は高麗門と櫓門で守られていたそうです。

Dsc_0076 重機が置かれ修復中の様でした。

Dsc_0079 本丸本段の緩やかな勾配と浅い角度で曲がる野面積の石垣は魅力がありますね。本段の石垣は宇喜多秀家の時代にほぼ完成していたそうです。岡山城では古い石垣になります。本丸中の段の月見櫓下石垣は池田氏の時代に築かれたのですが明らかに完成度が違います。宇喜多氏の時代の本段の石垣は1597年までに築かれ月見櫓下の中の段の石垣は池田氏によって1630年台に築かれました。

Dsc_0078 下の段から見た不明門(あかずのもん)

Dsc_0081 中の段に上る階段の途中の鉄門(くろがねもん)跡です。石垣上に櫓門が載ってました。

■本丸中の段 Dsc_0084 櫓門の不明門(あかずのもん)です。門を抜けると本丸本段ですがこの門を開けることはあまりなかったとか。故に「あかずのもん」です。手前の石垣が修復中ですね。石垣がマーキングされてるのは積みなおすのでしょうか。

Dsc_0085 本丸中の段です。表書院があっただけに広いですね。

Dsc_0086 岡山城最大の三重四階望楼型の大納戸櫓跡です。沼亀山城天守を移築したとか。岡山城は本段の干飯、三階櫓、中の段の大納戸櫓、下の段の宍栗櫓、太鼓櫓、修覆櫓、隅櫓等々と望楼型の櫓が沢山ありました。

Dsc_0087 写真右と奥で石垣の積み方が違いますね。右の部分は1600年頃の小早川氏時代の石垣じゃないかと云われてます。奥は1630年以降の池田氏の時代の石垣です。

Dsc_0089 多聞櫓跡です。中の段西側は多聞櫓で厚く守ってます

Dsc_0091 本丸中の段には下る階段があります。階段を下ると

Dsc_0094 宇喜多氏時代の中の段の石垣を見ることが出来ます。

Dsc_0092

Dsc_0093 中の段は拡張と盛り土がされていった結果、宇喜多氏時代の石垣が埋まっていたのが書かれております。石垣の石材は再利用される事が多いのですが何かしらの理由があってそのまま埋めちゃったのでしょう。

Okayamajou_nawabari_03 中の段の拡張の歴史が面白かったのでアップで。1597年以前の宇喜多直家時代は石山が本丸でした。岡山は石山城の出丸でしたので土塁の曲輪があったのでしょう(直家時代から石山城は石垣化されてたとか)。1597年以降から直家の子である秀家の時代に本丸が岡山に移り本段が完成し中の段も現在の半分程度の規模で石垣化。その後の城主達により順次拡張されていった歴史が分かりますね。

Dsc_0102 中の段から見た現存で重要文化財の月見櫓です。二重三階で軒唐破風があり姿が良い櫓ですね。雨戸で見えないですが2階には廻縁があるとか。城外側からももっと見れたらな・・木の葉であまり見えないのよね。葉の落ちた冬ならもっと見えるんだろうな。雨戸はだいたい閉められてるみたいですが特別公開日は開けるみたいですね。ネットで雨戸を開けた写真が見られますが高欄が現れとても良い姿です。

Dsc_0109

Dsc_0107 櫓門の廊下門です。本段へ渡る時にも使われました。

Dsc_0113 不明門を抜けて石段を上ると本段です。

■本丸本段 Dsc_0114 本段には御殿と天守、櫓がありました。

Dsc_0118 現在の天守は鉄筋製のため、元もとの天守の礎石は展示されてます。

Dsc_0116 3匹程の仔猫が観光客達に可愛がられていました。三脚を広げてるとストラップにじゃれてきて可愛かったですよ。

Dsc_0121 岡山城天守です。四重六階望楼型複合天守です。天守台は五角形をしており中々複雑な外見です。二層目の入母屋屋根は歪んでますね。五角形故の無理やりな感じです。二層目まで見れば五重にしても良さそうな規模な気がします。
手前に舞台が造られてますが何かイベントがあるんですかね・・。少し残念でした。

Dsc_0123 下見板は漆塗りで烏城と呼ばれていたそうです。 空襲で焼けたのが惜しまれます。

Dsc_0128 付櫓の塩倉

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Dsc_0132 天守内を見学したあと塩倉横を通って二の段に下りました。

Dsc_0135 廊下門を通って本丸から出ました。気付けば14時近くで昼食を食べてません。

Dsc_0140 旭川を渡ってすぐに後楽園内(?)の城見茶屋というお店があったのでそこで昼食を食べたのですが名前の通り岡山城の天守がよく見えてとても良かったです。城見茶屋で撮影した写真です。

Dsc_0145

Dsc_0151

Dsc_0153 旭川に掛る橋の上から撮影した天守3枚です。川と天守はよく合います。

残念な事も少しありましたが岡山城を堪能しましたよ!
西の丸辺りをもう少し見たかったのが心残りです。

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