リンク

無料ブログはココログ

« 永平寺と杉と苔 | トップページ | 松江城の天守国宝指定へ »

2015年5月 4日 (月)

福井城

福井旅行は丸岡城に続き福井城です。

次の日は雨の予報だったので丸岡城から福井市内に戻って急いで福井城を回る事に。
現在は本丸しか残ってないので見るところは少ないですがね。

■福井城の概略
・朝倉氏を滅ぼした織田方の武将柴田勝家によって現在の福井城の辺りに天正3年(1575)に北ノ庄城が築かれた。
・本能寺の変後に羽柴秀吉に破れ天正11年(1583)に北ノ庄城は落城。慶長3年((1598)青木一矩が封ぜられたりする。
・関ヶ原の戦いで青木氏は西軍に付いたため北ノ庄は没収。慶長6年(1601)に徳川家康公の次男の結城秀康が北ノ庄に封じられ1601年~1607年の6年掛けて北ノ庄城を築きなおす。
・北ノ庄では言葉が悪いと福井と改名し福井城に改名する。
・明治維新後1871年に廃城。現在は本丸周りの石垣が残り県庁、警察、県議会議事堂が建っている。

Photo 福井郷土歴史博物館にあった縄張り絵図です。
福井城は平城です。本丸を二の丸で囲み三の丸が並ぶ輪郭式連郭式の縄張りでいいのかな。大きく見ると内郭は百間堀を背にした悌郭式にも見えるな。
本丸と二の丸は徳川家康公が縄張りだとか。本丸北西に建つ天守とか確かに家康公の隠居城の駿府城を思い出す縄張りに見えます。目に付くのは百間掘で広いところで100m近くあったとか。現在は埋められております。

Dsc_0617

Dsc_0781 本丸の絵と模型です。四隅に櫓と天守、虎口は3箇所で南側の正面の大手門でもある瓦御門の巨大な枡形で守られておりました。天守櫓台を見ても駿府城を思い出しますな。

Dsc_0606 本丸大手門の瓦御門です。橋両端に低い石垣がありますが土塀が乗っておりその間に高麗門がありました。石垣に守られた現代建築のお役所がなんともシュールです。昔も城は政庁でもあったので今昔変わらないと言えば変わらないとも言えますか。

Dsc_0620 瓦御門の古写真を見ると橋は現在より低い位置に掛ってます。それと橋の横幅が狭いですね。車両が通れるように橋の幅を広げたのでしょう。それに伴って土塀が乗ってる石垣も内側が削られてますね。

Dsc_0602

Dsc_0605 本丸南側の石垣です。雁行の稜線と桜が美しい。

Dsc_0613 結城秀康公の像です。徳川家康公の次男に生まれた割には不遇な人生を送った人ですね。子供の頃から父に嫌われ長兄の信康が切腹したのに徳川家の後継者にもなれず秀吉に人質に出され徳川家の後継者は次弟の秀忠公になり更に結城氏に養子に出される・・いや結城氏は鎌倉時代から続く名家ですがね。
それでも関が原の合戦後は下総結城10万石から越前北ノ庄67万石に加封され報われて良かったなぁと思いますね。
秀康死後に長男の忠直が北ノ庄藩(福井藩)を継いだけど丸岡城の時に書いた越前騒動を起こして減封されたりしてます。なんだかな・・。
因みに三男の直政は大阪の陣で活躍し松本で大名になり松本城の辰巳櫓、月見櫓を建て松江で国持大名にまでなってます。

Dsc_0615 瓦御門東側の階段になっている本丸内部からの石垣。石垣上には多聞櫓あり本丸西側北側を通り天守櫓代まで続いてました。

Dsc_0684 石垣上に登る事もできます瓦御門の櫓門跡です。写真の右側に向って櫓門が建ってました。

Dsc_0687 これは良い眺め。桜が満開です。

Dsc_0628 巽櫓跡です。二重の櫓が建ってました。

Dsc_0630 現在は土塁みたいになってるけど階段状の石垣だった本丸東側内部。左奥に二重の艮櫓がありました。

Dsc_0631

Dsc_0633

Dsc_0692 北不明門跡。枡形だったけど車両通行の為か枡形の形をしてません。

Dsc_0691 外から見た本丸北側の石垣。奥は天守櫓台になります。

Dsc_0693 本丸東側の石垣。濠が広い。

Dsc_0637 本丸北側内部の石垣。ここも階段状になってます。

Dsc_0641 天守台の説明板。広い天守櫓台の上に天守台の石垣と控天守台の石垣が並んでます。これは天守曲輪ですな。控天守台は小天守を建てるつもりだったのかな。

Dsc_0643

Dsc_0644 天守櫓台石垣。階段が急です。

Dsc_0708

Dsc_0707 控天守台跡は福井震災で地盤沈下したのか石垣が下ってますね。

Dsc_0700

Dsc_0702 天守台の石垣。

Dsc_0645 独立式望楼型の四層五階の天守です。高さは28mでなかなか姿の良さそうな天守ですが寛文九年(1669)に焼失しました。

Dsc_0710

Dsc_0711 天守台上です。地面がうねってますがこれも地震の影響ですがね。天守を再建する計画は無いのかな。本丸内に役所が建ってるし無理かな。

Dsc_0717 「福井」の地名の元になったとの伝説のある井戸

Dsc_0646

Dsc_0647

Dsc_0648 天守櫓台南にある山里口御門です。天守臺下門とも言うそうです。天守櫓門の復元の為に石垣も修復中でした。詳細はコチラ。櫓門は石垣に挟まれて埋まったような面白い門です。復元が楽しみですね。

Dsc_0652

Dsc_0659 山里口御門を抜けると枡形の先に御廊下橋があります。屋根のある橋ですね。和歌山城や彦根城にもこの手の橋はありますね(和歌山城は復元され彦根城は現在は無いです)。藩主の御座所から本丸に入る門だったとか。平成20年の復元だそうです。

Dsc_0622

Dsc_0623 今昔の御廊下橋です。急いでいたらか御廊下橋を外から撮り忘れるという不手際。

Dsc_0666

Dsc_0665 本丸西側の石垣。山里口御門修復中だからか濠の水が抜かれてますね。水を張ってある所が見たいけどこれはこれで貴重かもしれぬ。

Dsc_0668 本丸南西の坤櫓跡です。これで本丸一周は終了です!

Dsc_0799 場所は変わって福井郷土歴史博物館に復元されている福井城の外郭にある舎人門の高麗門です。

Dsc_0787 赤い瓦なのは記録があるんですかね。

Dsc_0801

Dsc_0794

Dsc_0808 濠も再現されてます。この濠は福井城の外郭を囲んでおりました。

Dsc_0864

Dsc_0862 次は福井駅の近くに百間掘りの石垣を再現した物が地下に展示されてます。雨の水滴のせいで残念ながら見えませんね。

福井城はお役所が建ってるのでどうかと思っていたけどそれなりに楽しめました。ただと言うかやはりと言うか見学し難いですね。それでも跡形も無く消えてしまう城が有る中で石垣と濠が残ったのは良かったんでしょうね。

« 永平寺と杉と苔 | トップページ | 松江城の天守国宝指定へ »

お城」カテゴリの記事

旅行・地域」カテゴリの記事

歴史」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/563218/61528471

この記事へのトラックバック一覧です: 福井城:

« 永平寺と杉と苔 | トップページ | 松江城の天守国宝指定へ »

2017年5月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

お城めぐり

最近のトラックバック