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2015年5月23日 (土)

白河小峰城に7年ぶりの登城

ゴールデンウィークに日帰りで福島県の白河小峰城に行ってきました。

白河小峰城に登城するのは2回目で前回は2008年のお盆の時期でした。思い入れのあるお城だけど東北の震災で石垣が倒壊したとの情報を見て心配してました。
本丸が閉鎖されていたけど先月の4月中旬に公開を再開したとの話を聞いて早速の再度登城です!!。

白河小峰城の概略

  • 暦応3年(1340)奥州白河結城家の結城親朝が元弘の乱(鎌倉幕府倒幕)で活躍し白河の地を与えられ小峰城を築城する。因みに白河結城氏は下総結城氏の庶流。
    福井城に入った結城氏が宗家ですね。でも宗家は結城に松平秀康が養子に入った故か後に松平に戻しちゃいました。
  • 天正18年(1590)豊臣秀吉の奥州仕置で小田原に参陣しなかったせいで改易。
  • 蒲生→上杉→蒲生と白河は会津領に組み込まれ支配者が変わる。
  • 寛永4年(1627)丹羽長重が白河10万石で入り白河小峰城を近世城郭に4年かけて改築。寛永9年に完成。
  • 寛永20年(1643)丹羽氏は二本松へ移封。その後は榊原氏、本多氏、奥平松平氏、結城松平氏、久松松平氏、阿部氏と徳川譜代が代わる代わる入る。
  • 慶応3年阿部氏が棚倉に移封され幕府領に。二本松の丹羽氏が白河を預かる。
  • 慶応4年戊辰戦争で白河は奥州越列藩同盟と新政府軍との激しい戦闘の舞台になり小峰白河城は炎上する。
  • 明治の廃城令では存城とされ残っていた遺構は残される。
  • 平成3年(1991)御三階櫓を資料に基づき木造復元。平成6年(1994)御前門の櫓門を復元。
  • 平成23年(2011)東日本大震災で石垣が数箇所倒壊する。本丸の立ち入り禁止に
  • 平成24年(2015)4月に本丸開放。石垣の工事は続行中。

Shirakawakomine_nawabari01

01 縄張り図から。工事の看板に描かれてた物を写しました。北に阿武隈川の流れを変え守りとし南は谷津田川で守り小高い丘の小峰ヶ岡に本丸を置いた平山城で外濠から本丸、二の丸、三ノ丸と広がる悌郭式の縄張りです。
上が江戸中後期の文化5年の城絵図で寛政の改革で有名な松平定信の時代に描かれました。この時期は測量の技術も進みかなり精緻ですね。下は丹羽家所蔵との事でですので丹羽氏の時代に描かれた城絵図でしょう。近世城郭としての白河小峰城は丹羽長重の手で築かれました。

Dsc_0010 白河小峰城本丸周辺の復元想像図です。本丸を最高所に置き一段下の東に竹之丸、西から北にかけて帯曲輪で囲った総石垣のお城です。

Dsc_0001

Dsc_0007 JR東北本線の白河駅からの撮影です。駅から歩いて5,6分位でしょうか。駅近のお城です。駅のホームも撮影スポットです。

Dsc_0015

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震災の被害状況です。白河市で震度6強の揺れに襲われました。地元は震度5強だったけど6強は想像もつかないですね・・。石垣の被害は大きかったようですが復元の御三階櫓は揺れに耐えました。

Dsc_0019

Dsc_0020 城山公園の東の入口です。往時で言えば藤門の枡形辺りでしょうか。現在の門は往時とは関係ないですが舌の写真の石垣は藤門の枡形までのびた石垣の名残でしょうか。

Dsc_0021 現在は憩いの場の二之丸。

Dsc_0023

Dsc_0024 二之丸から見た御三階櫓と倒壊し積みなおし中の石垣。吹流しは工事の為でしょう。

Dsc_0055

Sn3d0169 清水門跡です。往時は櫓門が石垣上を渡ってました。上が現在の写真で下が2008年の写真です。工事のためか冠木門が無くなってますね。

Dsc_0049 清水門前の土橋から見た帯曲輪下の濠と石垣。

Dsc_0047

Sn3d0165 写真上は現在、竹之丸下の積み直し中の石垣。工事の為に濠の水が抜かれてます。
写真下は2008年の写真。

Dsc_0038

Sn3d0170 本丸下の石垣です。同心半円形落積の石垣です!!。この積み方堪りません。
こちらも上が現在で下が2008年の写真。ここも倒壊しましたが積み直しが終了しました。所どころ見える。新しい石は倒壊時に破損して使えない石を新しい石材と交換したとの事。

2008年のお盆に会津若松への旅行で電車の車窓から見えたお城に興味をもって白河小峰城へ寄りました。あの頃も歴史は好きだったけどお城めぐりをする程にお城への興味が無かったんですよ。この石垣と白河小峰城を見て感銘を受けてすっかり城好きです。
あの時にもし白河小峰城に寄らなければ城めぐりはしなかったかもしれないな。
因みに当ブログ下のフッターの画像はこの写真から切り出した画像です。

Dsc_0058 桜之門、帯曲輪方面へはまだ行けませんでした。
2008年の写真を含めての写真はこちら→桜之門へ

Dsc_0173

Sn3d0172 今は目立つけどまた月日が経てば新石材も馴染んでくるんだろうな。

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Dsc_0083 本丸と竹之丸の間の階段から見た御三階櫓と前御門。竹之丸は現在入れません。
ここは木村卓也主演の映画「武士の一分」のロケ地に使われました。

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Dsc_0088 御三階櫓と前御門の写真色々。御三階櫓は実質天守ですね。小振りだけど黒い下見板が美しい。前御門との組み合わせも見栄えがとても良いです。素晴らしい復元です。

Dsc_0112 多聞櫓跡です。本丸南東は前御門から続く多聞櫓で守られてました。
確か復元の計画があった気が。

Dsc_0095 本丸に入るもう一つの門である桜之門跡です。 櫓門が石垣に上がってました。
残念ながら現在はまだ通行できません。

Sn3d0223

Sn3d0224 2008年の頃の写真で帯曲輪からの桜之門に登ります。

Sn3d0227 暗く曲がった階段を登ると・・

Sn3d0230 正面に御三階櫓と前御門が現れます。往時は御殿があったけどね(;´Д`)。
このルートも好きだったので早く通れるようになると良いですね。

Dsc_0097 本丸は御三階櫓がある北面と西面は一段高くなってます。
現在は石垣の復元の為か登れません。

Sn3d0216 現在は登れないので2008年の写真で。雪見櫓跡です。
本丸西南の一段上には二重の隅櫓の雪見櫓ありました。雪見とはなんとも北国らしい良い名前ですね。

Sn3d0218 更に本丸西側一段上を北側に進みます。下の帯曲輪には薔薇園がありました。

Sn3d0217 本丸北西には二重の富士見櫓がありました。富士見櫓・・ここから富士山が見えるとは思えないし方角も違う気がしますが何故富士見櫓の名が付いたのか気になりますね。

Dsc_0125 御三階櫓内部に入ります。入れる人数に制限があるので行列が出来てました。
前回来た時は並ばずに入れたけど・・公開再開初めてのGWだからですかね。

Dsc_0127 おとめ桜の碑。人柱伝説です。

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Dsc_0130

Dsc_0141 結局、御三階櫓に入るのに50分位並びました。更に上の階に登るのにも行列が出来ていたので諦める・・。

Dsc_0176

Dsc_0181 二之丸まで戻って帯曲輪下の石垣を撮りました。 ここは倒壊せずに残った同心半円形落積みの石垣です。落積みは江戸後期から使われた積み方だからこの石垣も江戸後期に積みなおされた石垣なんだろうな。彦根城の天秤櫓の石垣も積みなおされた部分は落積みで積まれていた事を思い出した。

Dsc_0182 帯曲輪にあった月見櫓下の石垣も復元中です。

Dsc_0188

Dsc_0274 二之丸の濠跡を再現して凹ませてます。遺構は残ってないのかな。掘り返したらまた良い感じになりそうですが。元太鼓門もここら辺りにありました。

Dsc_0195 會津門跡(会津門)を抜けて濠の外からも見ます。前回も回った北側方面を回ってみます。

Dsc_0191

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Dsc_0210 本丸北側の石垣の崩れが痛々しい。

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Dsc_0226 北側から見た御三階櫓。こちら側からは木々の緑の上に建つ姿が美しい。

dsc_0240.jpg 写真左に見えるのが搦手門だけど今回は少し先まで歩いてみます。

Dsc_0233

Dsc_0235 濠は終ったけど石垣が続きます。

Ishigaki_map02 石垣を城絵図で確認すると濠は埋められたけど石垣だけ残ってます。

Dsc_0241 引き返して搦め手門へ向います。

Dsc_0244

Dsc_0246 搦手門の枡形。ここの石垣も崩れたけど直ってますね。

Dsc_0248 帯曲輪に続く矢之門跡もまだ入れません。

Dsc_0250

Sn3d0252 ここにも同心半円形落積みの石垣がありますがまだ近づけないですね。

Dsc_0251 藤門方面の道は封鎖されてました。仕方ないので今回は迂回します。

Dsc_0255 戊辰戦争の薩摩藩兵墓地に上る階段から写した現在は入れない石垣。往時は石垣下に濠がありました。

Sn3d0253 2008年の写真で城の外回り一周終わりです。

Dsc_0258

Dsc_0259

Dsc_0260 迂回中に見つけた石垣です。本丸がある高台の西側の高台にある石垣です。

Ishigaki_map 現代の地図と比べたらここの石垣でした。まだ探せば遺構が残ってるのかな。

Dsc_0334 帰りも白河駅で撮りました。APS-Cの200mm程度でここまで寄れます。
7年ぶりの白河小峰城を充分に楽しめたし順調に石垣の復元が進んでいて嬉しかったです。全部の復元が終るまで数年掛るそうです。また暇をみて見に行くかな。

 

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