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2015年8月 9日 (日)

足利氏発祥の地 其の一 鑁阿寺

栃木県足利市に行ってきました。数年前にも行ったので2度目です。
足利市と言えば室町幕府を開いた源姓足利氏の発祥の地です。現在でも足利氏に関する史跡も残りなかなか趣があります。都心からも近いのでお勧めです。

Dsc_0068 一般的に足利氏と言えば室町幕府を開いた足利尊氏公ですね。
個人的には平安・鎌倉時代の足利氏が好みです。足利氏が発展するきっかけを作った足利氏二代義兼公や更に勢力を伸ばした三代義氏公の銅像があっても良さそうな気がします。尊氏公は足利市とあまり縁を感じない気がしますがね。

Dsc_0069 鑁阿寺です。足利氏宅跡と呼ばれてますね。鑁・阿とはバン ア、バンナと読、梵語で大日如来を意味します。足利氏二代目の足利義兼公が晩年に出家し法名を鑁阿房義称(ぎしょう)と名乗りました。高野山で修行し自邸の持仏堂を建てたのを元に三代義氏公が寺に造り替え父の法名・戒名から鑁阿寺になりました。写真は太鼓橋と山門。

Dsc_0078 方形の敷地に濠と土塁を巡らし東西南北に門を造る鎌倉初期の武士の邸宅を残していると云われております。日本100名城にも選ばれていたりします。

ここで少し足利氏についてつらつらと。 足利氏の祖は源義家(八幡太郎義家)の四男で乱暴狼藉で京都から坂東に流れてきた源義国から始まります。義国から河内源氏の伝領である新田の地を長男の源義重に相続させ、足利の地を次男(三男とも)の源義康に相続させます。

義康は足利の地を鳥羽上皇が建立した安楽寿院に寄進し足利荘を成立させ下司職になり鳥羽上皇との繋がりから中央(京)へ進出、保元の乱等で為義流の盟友源義朝と共に活躍しますが若くして病没しました。一般的には初代足利氏は義康と云われてます。

Dsc_0073

Dsc_0077足利氏居館は義国、義康の時代にかけて造られたと云われております。
現在も残る土塁と濠が美しいですね。

Dsc_0084 鑁阿寺の本堂、大御堂です。正安元年(1299)に三代足利義氏によって建立されました。国宝に指定されております。鎌倉時代の建築で貴重ですね。

Dsc_0093 多宝堂

Dsc_0102 中御堂(不動堂)と奥は本堂。昔は渡り廊下で繋がっていたとか。

Dsc_0099 経堂

足利氏は二代義兼の時に大きく飛躍します。治承四年(1180)以仁王が挙兵し全国に令旨をばら撒き所謂、治承寿永の乱(源平合戦)が始まります。そして源頼朝が旗揚げに駆けつけた義兼公は信頼を得て源氏の御門葉(血縁・家族)として重用され活躍し勢力を伸ばしました。頼朝の父である義朝と義兼の父の義康は熱田大宮司家の藤原季範の娘二人を正妻にしており相婿の関係にあり、元々頼朝と義兼の関係深かったと云われております。
頼朝と義兼も北条時政の娘を正室にし(頼朝は政子、義兼は時子)こちらも相婿となりました。その時子が亡くなった時に供養の為に一切経堂の道場として義兼公が建てたのが経堂と云われてます。現在の建物は応永十四年(1407)室町時代に足利満兼により再建されたそうです。

Dsc_0104 西門

鎌倉時代の創建と云われているが永享四年(1432)公文所奉行の再修だそうです。

Dsc_0108 御霊屋

鎌倉時代創建だが現在の建物は徳川家斉が寄進。源義国、源義康のお墓があるそうです。

Dsc_0110 大酉堂

足利尊氏を祀るお堂で室町時代の建立されたそうです。

Dsc_0113 校倉

校倉(あぜくら)と読みます。元々は宝物を収蔵する倉だったそうだ。その後足利家伝来の大黒天を祀っているそうです。

Dsc_0114 蛭子堂

経堂にも書いた義兼の正室である北条時子を祀ります。時姫堂、時子の法名から智願寺殿ともいうそうです。創建年代は不明だとか。足利には時子にまつわる悲しい「蛭子伝説」が伝承しおります。

井戸の水を飲んだ時子の腹が膨れて妊娠した様になりました。不義密通を疑った義兼は時子を疑い時子は自害して疑いを晴らしたそうです。時子の腹から大量の蛭が出たとの伝説。義兼は大いに嘆き悲しんだそうでうす。
現在は妊娠した女性が御参りすると安産になるそうです。

J_dsc_0117 長らく伝承とされていたけど昭和の初めに法玄寺(智願寺)で鎌倉時代の物と思われる五輪の塔が見つかり 伝承に事実が含まれているのではないかとの話になりました。
写真は四年前に撮影さいた法玄寺の時子の墓と推定されるお蛭子さまです。

Dsc_0119 北門

薬医門の形式ですね。江戸末期に移築したそうです。

Dsc_0124 東門

正和年間(1310年代)鎌倉時代の築です。

Dsc_0129

Dsc_0127 鐘楼

建久7年(1196)義兼建立だそうで国宝です。鑁阿寺で一番古い建築物でしょうか。
室町、鎌倉時代の建築物が多く残ってる貴重なお寺ですね。

つづく
足利氏発祥の地 其の二 樺崎八幡宮

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