リンク

無料ブログはココログ

« 祝!!現存12天守制覇記念 | トップページ | 松本城と奈良井宿 »

2015年12月 5日 (土)

伊予松山城

伊予松山城に行ってきました。

2009年2月以来の登城で6年ぶりになりますな。
お城巡りを始めて初期のお城だから凄く印象に残ってるお城です。
白河小峰城と並んでお城巡りを始めるきっかけになったお城かもしれない。

伊予松山城城絵図何時もの通りに縄張りから。
今回も城絵図の看板があったので撮りました。文久年間作(1861~1684年)だから幕末に書かれた物ですね。

伊予松山城は勝山を一帯に築かれたお城です。山頂に本丸を築き南西の麓に二の丸、平地に濠で囲んだ三の丸を梯郭式に築いた平山城です。勝山の標高は132mもあり中々の高所。三大平山城の一つだそうです(他は津山城、姫路城)。
この高さになると山城に近い感じもしてきます。本丸は戦時に篭るだけって感じです。

特筆する所は登り石垣です。山頂の本丸と麓の二の丸の間を遮断する様に北と南の2線繋いでます。山の中腹を進まれて二の丸の背後からの襲撃を防ぐ事が目的でしょうか。

この城絵図で気づいたけど城の東南方面は塁か堀・濠で囲ってたんでしょうかね。
南東方面の登り口によっては無防備な所もあって疑問に思ってたけど囲ってるから大丈夫って感じだったのかな。

伊予松山城城絵図 鳥瞰図です。こっちの方が分かりやすいので載せておきます。
6年前に撮った看板で今回は見当たらなかったな。天保十三年に書かれた絵図を元にした絵図だから上の文久年間より少し前になります。

伊予松山城 本丸図 本丸の抜粋。赤文字が復元および現存の建物で青文字は跡。本壇は混みいってるのでここでは省略してます。復元も多いがなかなか雰囲気が良いですよ。
虎口は大手門、揚木戸門、艮門(うしとらもん)、乾門の四つ。中ノ門は虎口というか罠。

■伊予松山城の歴史の概略
・14世紀に伊予の国の守護の河野氏により湯築城(道後温泉近く)が築かれるが天正十三年(1585)に小早川隆景により開城。小早川氏に与えられるが転封、福嶋正則の支配地になるが国府山城に城を構える。

・関ヶ原の合戦後の慶長七年(1602)加藤嘉明が20万石で伊代を受領。現在の松山城の築城を開始し松山と地名を改める。

・寛永四年(1627)加藤氏は会津に転封になり会津の蒲生氏が松山城に入城。

・寛永十一年(1634)蒲生氏断絶により隣の大洲藩が城番になる。

・寛永十二年(1635)松平定行が松山を受領し松山城主へ。

・天明四年(1784)落雷による火災で天守を含む建物が焼失。

・安政元年(1854)再建。

伊予松山城ロープウェイ さてさて6年ぶりの登城です。三の丸を通って二の丸から登ったほうが気分は出るのだろうけど主に体力的温存的な理由(城巡りが続く予定だった)でリフトで登ります。
伊代松山城はロープウェイまで完備してるので年配者やお子様にも優しい平山城です。
しかしシルバーウィーク故にすし詰めである。

伊予松山城リフト三脚にカメラと荷物も多いうえに久しぶりのリフトで結構緊張しました(汗
リフトからも天守を拝めます。前回もリフトだったけど梅が咲いていて綺麗でした。
いつか全部の登り口から足で登ってみたいなんて思っていたり。
でも四国は遠いせいか一つの城に時間を掛けづらいのが現実。

Dsc_0598_00005 リフトを降りて階段を登るととすぐに本丸に着きます。なんて便利なんでしょう!
伊予松山城は確かミシュランで☆2つに認定されたんだったかな。この便利さもあるんだろうか。

巽櫓 階段を登り終えると目の前に高石垣がそびえ立ちます。右手に見えるのは巽櫓。伊予松山城の櫓は柿渋の下見板を塗った茶色の意匠で大体統一されております。中々見た目が渋い。

Dsc_0604_00009

Dsc_0612_00012打ち込み接の高石垣。伊予松山城は二の丸、本丸と高石垣が多いんですよ。
ここの石垣の高さは15mはありそうですね。2度目ですが圧倒されます。

Dsc_0603_00008 石垣上に見えるのは隠門続櫓で現存の重要文化財です。後に通ります。

Dsc_0621_00015 揚木戸門跡です。本丸南東からの虎口を守る門。本丸の小口は北に2箇所、南に二箇所で四箇所あります。

Dsc_0624_00016

Dsc_0635_00018 大手門跡。二の丸と繋がる道があります。絵図を見ると高麗門が建ってたのだろうか。

Dsc_0634_00017 大手門近くからの眺め。中央近くの櫓は太鼓櫓です。隙間に見えるのが天守。
中々良い眺め。

Dsc_0639_00020 中ノ門跡。正面に天守が見えるがこの門を突破しても本丸石垣下に出るだけで天守には辿り着けない。上の城絵図を見れば解るけど門の先に道も無いですね。罠の門だと言われてます。

Dsc_0638_00019 太鼓櫓を見上げる。上の方の石垣は新しめな感じ。

Dsc_0913_00124この折り返し太道が正解ルートて戸無門にむかいます。

Dsc_0646_00021

Dsc_0653_00023 戸無門。高麗門の形跡だけど戸が無い不思議な門。これも何かの引っ掛けか・・っ!?
戸を取り付けた形跡もなく昔から戸が無かったそうです。今は失われた縁起担ぎか風習でもあったのかもしれない。勿論、現存の重要文化財です。
青いビニールが掛かってるけど瓦が壊れたのかな。

Dsc_0684_00036 筒井門と筒井門西続櫓。伊予松山城最大の門で重要な櫓門です。1971年の復元。

Dsc_0654_00024この筒井門にも仕掛けがあります。ここから見ても見えないですが筒井門東続櫓の石垣の奥に回ると・・

Dsc_0663_00030なんともう一つ門が隠されてるではないですかっっっ!!

Dsc_0661_00029隠門と隠門続櫓。ちょっと大袈裟に驚いてみましたが中々面白い仕掛けですね。なんでも筒井門に殺到した敵兵をこの隠門からこっそりと出撃して敵の足背を急襲する為の門と云われております。現存の重要文化財です。

Dsc_0670_00031 裏から見た筒井門(右)と隠門(左)はこんな感じ。

Dsc_0679_00035筒井門を通ると待ってるのは櫓と土塀からの射撃ですね。

Dsc_0678_00034 太鼓櫓。多聞櫓に望楼を載せたような構造の櫓です。数枚上の写真にも出てきた櫓ですね。西方の石垣一段下と筒井門後方の腰曲輪を守る重要な櫓だと思われます見晴らしも良く名前の通り太鼓があったのでしょう。太鼓は戦闘時の合図でもありました。1972年復元。1973年復元

Dsc_0685_00037 太鼓櫓から太鼓門に続く塀。二十一カ所の狭間(さま)と2カ所の石落としを持ちます。殺(やる)気満々ですね。最後のこの腰曲輪が本丸南側の最後の守りです。本壇も一応ありますがね。

Dsc_0691_00040 巽櫓(たつみやぐら)。リフトを降りて最初に見えた櫓です。太鼓櫓と下の写真の太鼓門を通りこの巽櫓が最後の防衛線になります。ちょっと気で見づらいですね。1986年復元

Dsc_0687_00038 太鼓門。こちらは櫓門で太鼓櫓とセットの門です。この門を通れば天守のある本壇まですぐです。1973年復元

太鼓櫓 太鼓櫓の内側から撮影。これって上にも書いたけど多聞櫓ですよね。思えば造られた年代にしては伊予松山城はあまり多聞櫓を使ってないですね。

Dsc_0703_00045 巽櫓の内側から撮影。車がね・・っていうかどんなルートで車が本丸に入れるんだろうか。

馬具櫓 馬具櫓

1958年鉄筋での復元。木造復元が殆どな伊予松山城では珍しく鉄筋。
名前の通りの櫓なんだろうな。

井戸 井戸

直径2m、深さ44.2mだとか。深い!!

伊予松山城天守そして遂に天守他の本壇建物郡です。中央少し右の一番大きいのが天守で中央少し左の2番目に大きいのが小天守です。小天守の右に建つ櫓が一ノ門南櫓で一番右の木に隠れ気味なのが三ノ門南櫓です。連立式天守は見栄えがします。

紫竹門 紫竹門

現存の門で重要文化財。本壇に入らず紫竹門を通って乾門のほうに進みます。

Dsc_0887_00113感じの塀です。狭間を覗きたくなる気持ちが分かりますね。

Dsc_0886_00112 塀の外はこんな感じで奥が乾門の櫓。塀の石落しも良い感じです。

Dsc_0890_00115 乾門

左から乾門続櫓、乾門、乾櫓で乾櫓は現存の重要文化財です。本丸北西を守る門ですね。本丸の搦手を守ります。

南隅櫓 南隅櫓 1968年復元

十間廊下 十間廊下

北隅櫓 北隅櫓 1968年復元

十間廊下を挟んで建つ南隅櫓と北隅櫓は同じ意匠ですな。南隅櫓は申酉小天守(さるとりしょうてんしゅ)、北隅櫓は戌亥小天守(いぬいしょうてんしゅ)とも呼ばれるそうで本丸に次ぐ格式とか。確かに二層目に高欄まで付いてるのが小天守とも呼ばれるのが分かります。現在、小天守と呼ばれてる建物より格式が高いのは中々面白い。

北隅櫓現在なにやら工事をしています。本壇周りも一周出来なかったのが残念です。

野原櫓 野原櫓

現在残る望楼型の二重櫓はこの野原櫓だけだそうです。貴重ですね。
工事でここで行き止まりです。うむ・・

艮門 艮門 1984年復元

工事で今回は見られなかった艮門は以前の写真で。鬼門を守る門であり他の虎口に寄せた敵を襲撃するために出撃する為の門とも云われてます。

伊予松山城本壇縄張 本壇縄張り

天守を含め枡形が斜めに三つ置かれ(紫色の部分)。天守南側の天守曲輪(図では天守広場)をゴール地点と見るとそこに辿り着くのに仕切り門ルートと三ノ門ルートの二通りありますがどちらも2つの枡形を通る必要があります。中々良くできてますね。最後の最後で中々の悪あがきです!!。

Dsc_0885_00111本壇に入ります。ここだけ入場料が掛かります。有料エリアが広いお城もあるので中々良心的です。

小天守 小天守

二重櫓、小天守二重櫓、小天守東櫓とも呼ばれたいたとか。天守の前に建ち存在感があります。

Dsc_0785_00075 一ノ門南櫓

Dsc_0787_00001 一ノ門

本壇への虎口。一ノ門南櫓、高麗門形式一ノ門どちらも重要文化財です。
本壇に入っていくワクワク感が良いですよ。

二ノ門南櫓 二ノ門南櫓

二ノ門 二ノ門

一ノ門を通ると枡形です。正面の二ノ門南櫓と左(北)の三ノ門南櫓から攻撃を受けます。
二ノ門は薬医門形式。

三ノ門東塀 三ノ門東塀

天守 天守

二ノ門を通ると北東の天守と天神櫓がある曲輪です。ここには天守への入り口は無い。天守も重要な防御施設になってます。伊予松山城は五層の天守が建っていたそうです。寛永十九年(1642)に三層に建て直したそうです。五層の天守には地盤が弱かったとかなんとか。現在の三層地下一階、層塔型の天守は現存十二天守の一つ。
天明四年(1784)落雷により焼失し安政元年(1854)に再建されたもっとも新しい現存天守です。屋根の反りも少なく直線的で独特な感じ。千鳥破風も反りの少ない直線的。

三ノ門 三ノ門

高麗門形式の三ノ門。左の門が二ノ門で右か天守です。現存で重要文化財

三ノ門南櫓 三ノ門南櫓

三ノ門南櫓内部 三ノ門南櫓内部

現存で重要文化財の三ノ門南櫓です。この櫓は解放されていて中で太鼓も叩けます。

筋鉄門 筋鉄門

このルート最後の門の筋鉄門です。右の天守と左の小天守をつなぐ渡櫓でもあります。

天守曲輪 天守曲輪

筋金門を潜るとゴールの天守曲輪です。連立式天守特有の天守、小天守、櫓等々に囲まれた中庭です。天守への入り口はここからになります。正面の唐破風の屋根の玄関が藩主などの偉い人の入り口でしょうね。
左から十間廊下、北隅櫓、玄関多門、玄関、内門

天守・筋鉄門 天守、筋鉄門

Dsc_0824_00098 左から筋鉄門、小天守、多門櫓

小天守・多門櫓・十間廊下左から小天守、多聞櫓、南隅櫓、十間廊下

十間廊下 十間廊下

玄関・玄関多聞櫓・北隅櫓左から十間廊下、玄関、北隅櫓(奥)、玄関多聞櫓、北隅櫓

櫓や天守に囲まれた空間はお勧めです。

筋鉄門・小天守・多門櫓

Dsc_0829_00100 内部

色々と展示もありますよ。

野原櫓 野原櫓

工事中でよく見られなかった野原櫓を中から。

武士の似顔絵 武士の似顔絵

下見板の裏側に書かれてたそうです。なかなか上手いですね。

Dsc_0838_00104 天守内部

Dsc_0842_00105

Dsc_0845_00106最上階から撮影。海まで見えます。建ってる所が高いだけあって見晴らしは最高です。

Dsc_0854_00107

南門内門

仕切門 仕切門

内門と仕切り門で構成される桝形です。帰りはもう一方のルートになります。内門を潜って天守曲輪を抜けます。

天神櫓 天神櫓

行きにも通った本壇北東の曲輪です。天神様が祀られている天神櫓です。正面扉(しとみど)がある珍しい櫓です。

大手門 大手門

帰りは大手門跡を通って勝山を下ります。一度通った事があるから他のルートも考えたけど二之丸にすぐ出たかったので再度このルートで下ります。

v学生さんらしきランナーが下って行きますが道が舗装されてるわけでもないで見てて怖かったです。慣れてるんですかね。

Dsc_0927_00129 二の丸が見えてきました。もう少しです。備中松山城での負傷を思いだして慎重に下りました

Dsc_0933_00131 二ノ之丸御殿入り口の四足門の前に出ます。

Dsc_0942_00002

Dsc_0957 二之丸の石垣も高く反りも美しい。

Dsc_0947_00005

二之丸多聞櫓

Dsc_0948 二之丸多聞櫓

二之丸御殿正面は長い多聞櫓で守られてます。1992年復元

Dsc_0952_00145 松山城二之丸史跡庭園

建物があった場所が分かるように区分けされてます。山上に天守も見えます。
二之丸が完成したのは蒲生氏の時代。

槻門跡 槻門跡

栂門 栂門跡

黒門跡 黒門跡

二之丸は槻門(けやきもん)、栂門(つがもん)、黒門の三門で厳重に守られております。黒門が二之丸への虎口で道が角ばったΩ状になっていて三つの門が配置されてます。

二之丸 二之丸の遠景

二之丸は高石垣の上にあって往時は山側以外は堀で囲ってありました。
二之丸だけでも十分堅そうな感じです。

登石垣 登石垣

写真中央の鬱蒼とした中にひょっこり見えるのが登石垣のスタート地点で山上まで石垣が登ってます。時間の都合で今回も近くで見ることが出来なかったのが残念。また松山に訪れた時こそぜひ見たい。

三之丸 三之丸

現在の三之丸は市民の憩いの場です。イベントが行われてました。

三之丸土塁

三之丸の堀 三之丸の土塁・堀

三之丸は土塁と堀で囲われてます。

Dsc_1013_00162 市内から見る松山城の天守群。お城が見える街ってのはよい街ですな。
羨ましいかぎりです。

久しぶりの伊予松山城の登城でした。
本壇裏が工事中で少し残念だったけど楽しめました。
また着たいお城です。

« 祝!!現存12天守制覇記念 | トップページ | 松本城と奈良井宿 »

お城」カテゴリの記事

旅行・地域」カテゴリの記事

歴史」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/563218/62685003

この記事へのトラックバック一覧です: 伊予松山城:

« 祝!!現存12天守制覇記念 | トップページ | 松本城と奈良井宿 »

2017年5月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

お城めぐり

最近のトラックバック